『治る』もしくは『治す』とは何か?



タイトルみたいな議論が、同業者間で繰り広げられたりするんです。


往々にして患者さん抜きで話は熱を帯びていきます…。


もう結論からいうと「それは患者さんが決めること」だと僕は思います。


現代西洋医学は主に客観的に扱えるものが治療の対象なので、数値が正常に戻った・画像所見に異常がなくなったなど、ゴールも明確であるのに対し、


東洋医学は主観的な要素(痛み・かゆみ・不快感・吐き気・だるさ等)が治療の対象であるぶん、ゴールが不明確であると言えます。


それ故に冒頭の禅問答が延々と繰り返されていくのですが、それに答えなどあるはずもなく、あるとするならば患者さんの数だけ「治る」基準があるんだと思います。


ある人は痛みさえなくなればいいでしょうし、別の人は痛みを起こす原因まで取り除きたいでしょうし、治療のゴールなんてのは千差万別・人それぞれであって当然なはずです。


僕はあんまり術者の「これが治るということだ!」みないなものを患者さんにゴリゴリ押し付けるのはスマートでないように思いますし、そういう出しゃばった熱血は気持ちが悪いので、患者さんの目指す治療のゴールへ向かって伴走できればいいなと考えています。


治療の主役は患者さんですよね。